私の先祖、石井農園の歴史を紐解く。

2009年06月16日 21:19

10代目にして血は薄れ、とんでもない出来損ないが生まれてしまったもんですよ。  ふはははは。涙。   何卒、応援を! → ブログランキング現在の順位は?



ちょっとした私事で、我が家の歴史を紐解く機会がありました。
石井家は私で10代目ですが、それ以外の事を私は殆ど分かっておりませんでした。


折角だからと色々調べて見ると・・・・・・・資料が出るわ出るわ。
今日はそんな、「石井家の歴史」に関する記事です。 


そこ! 「興味ねーし」 とか言わないの!



まず見つけたのは、初代からの歴代当主一覧表。 
達筆過ぎて読み辛い。
P6150059.jpg
筆を使うなー。ボールペン使って下さいー。


分かった情報としては、初代石井家当主の「弥吾兵衛」さんは、
宝暦5年(1755年)に60歳で亡くなったそうです。

つまり、逆算すると生まれは1695年・・・・今年で生誕314年。

また、初代が本家(今もご近所さん)から分家したばかりの頃は、
農地はたった7アールしか持っていなかったそうです。

農地解放以前だから自作地があるだけ幸せだろうけど、
その農地で年貢を納めながら家族を養うのは大変だったろうなー。汗

初代・・・おつか!!


でもって、更にこんなモノを発見・・・・!
P6150055.jpg
なんと、73年前の石井家の写真。 超白黒。  
魂を抜かれると思っているのか全員真顔。  ちょっと!みんな固いよ!!

でも、わりと先祖の服装がダンディーなのが嬉しい。照


おや・・・・?
あの右サイドにいるガキンチョは・・・・・・まさかー!!!





歴代当主に名前を当ててみました。 (クリックすると拡大します)
名前付き写真
右サイドにいるガキンチョは、私のじいちゃん! 当時6歳!
じいちゃんにもあんなカワイイ時代があったんですねー・・・。


この後日本は戦争に突入し、
石井家も少なからず時代の波に翻弄されたそうです。

軍服の写真も沢山あったし、帰って来れなかった人もいました。


それでも、ご先祖様は米を作り続けて、
10代目の私までバトンを繋いでくれました。 

ほんと、感謝の一言です。

 


また、当時の稲作は今とは比べ物にならないほど過酷だったそうです。

機械化が進んでいないので、全ての作業が家畜と人力によるものでした。
更にこの地域は信濃川の水害が多く、常時水田は泥で足が沈み、
ひどい所は腰まで水に浸かってしまう、沼の様な状態だったそうです。

なので田植えや稲刈りなどは、身体を水に浸けて、
稲を船に乗せて作業・運搬していたそうです。


現在では稲作は機械化が進み、驚くほど作業が省力化されました。
また、治水工事や圃場整備のおかげで環境も劇的に改善されています。


バトンを繋いでくれたご先祖様だけじゃなく、この時代で農業ができる事にも、
感謝の心を忘れてはならない、と、しみじみ感じました。




ちなみに、
そんな半世紀以上昔の田園風景を、今も感じる事が出来る場所があります。
弥彦村のお隣、旧岩室村の夏井地域です。
P6160078.jpg
ここでは写真にもあるように、多くの「はさ木」が今も田園風景の中に残っています。


はさ木は、木の間に竹などの棒を縛り付けて、
そこに収獲した稲をぶら下げて乾燥させる為に使用されてきました。
P6160073.jpg
ですが今では乾燥機にその座を奪われ、この風景が残っている地域は非常に稀です。


私がいつか結婚して、子供が出来て、孫が出来て、そのまた孫が出来て。
その頃の子孫はどんな田んぼで農業してますかね? そもそも、田んぼはありますかね?



「んなんもん知るかー!」 って勢いで、今日も弥彦は日本晴れ。
P6160085.jpg
そうですね。

子孫の心配をする前に、渡されたバトンをちゃんと次世代に繋げられる様に
今の時代をしっかり生き抜ける農家にならねば。

ご先祖様、私もあなたたちに負けない農家になる為に頑張ります。





なので、あわよくば、
守護霊的な力で豊作にしてください。  何卒ーーー!!



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